
【徹底解説】ハワイ王国の王家「カメハメハ家」と「カラカウア家」のつながり
Aloha!
『Surf Room ~ハワイの歴史を旅しよう~」担当、ハワイ歴史と神話の愛好家、Mari Udagawaです!
『「ロイヤルハワイアンホテル」からハワイの歴史を旅しよう』でご紹介したように、ハワイはかつて8人の王が治めた王国でした。
1795年にハワイ王国建国、そして1893年にはハワイ王国滅亡。
カメハメハ大王が建国し、リリウオカラニ女王の治世に終焉を迎えた王国。
その王国にはふたつの王家「カメハメハ家」と「カラカウア家」がありました。
こちらの記事から何回かに分けて8人の王を中心に王族同士のつながりや、ふたつの王家の関係などをお話ししていきたいと思います。
ハワイはかつて王国だった
さて8<人の王、と言いましたが、皆さんはこの王たちがどんな関係かご存知ですか。
カメハメハ大王が父で2<世がその子どもで、3世がそのまた子どもで…
リリウオカラニ女王はカメハメハ大王の7代上のおじいさん?
そうではないのです。
まずは王様たちのお顔をご覧いただきましょう。
王たちのお顔
この写真は今となっては懐かしい、キングスビレッジに飾られていた王族のプレートを撮影したものです。
上段
左からカメハメハ大王、カメハメハ2世、カメハメハ3世。
中段
左がカメハメハ4世、右が5世。
下段
左からルナリロ王、カラカウア王、リリウオカラニ女王です。
カメハメハ家とカラカウア家
では、こちらの家系図をご覧ください。
8人の王は、カメハメハ家とカラカウア家のふたつの王家に大別することができます。
ハワイの王族の繋がりはとても複雑で、この家系図はそれぞれの王がどんな血筋なのかを表すことに焦点をあてたものなので、ここに描かれていない線が無数にあります。
まずは家系図の左側、カメハメハ家からご紹介しましょう。
カメハメハ家
カメハメハ大王とケオプオラニ王妃の子どもが2世と3世、ふたりは兄と弟でした。
カメハメハ4世と5世はカメハメハ大王の娘・キナウの子どもなので、大王の孫にあたります。
5世が兄で4世が弟。
なぜ4世が先に王になったのかというと、4世は3世のハナイ(養子のようなもの)になっていたためと言われています。
2世は若くしてロンドンで麻疹にかかり、王妃とともに客死したため子どもはいません。
3世は何人か子どもを授かったものの成人したのはひとりで、その人は色々な事情から王になることが出来ませんでした。
4世の子どもは4歳で夭逝、5世は独身のまま逝去。
ここでカメハメハ大王の直系の王は終わってしまいました。
6代目の王はハワイ王国で初めて選挙で選ばれた王、ルナリロ。
カメハメハ大王の直系ではありませんが、家系図を見ると大王の父・ケオウアの直系です。
ルナリロ王も独身のまま、在位1年ほどで病死してしまいます。
ルナリロ王はカメハメハ家の一員とされることが多いのですが、ルナリロ王がそれを拒否したとも考えられる出来事もありました。
そのことについてはまた別の機会にお話しますね。
ここからは家系図の右側に移ります。
カラカウア家
7代目の王も選挙で選ばれた王、カラカウア。
カラカウア王のご先祖さまはカメエイアモク、ハワイ王家の紋章に描かれた双子の王族のひとりです。
カラカウア王にも子どもがいなかったため、8代目の王となったのは妹のリリウオカラニ。
リリウオカラニ女王が即位して約2年後にハワイ王国は終わりを迎えてしまいました。
もう一度家系図をご覧ください。
家系図で緑色の表示になっている人がいますね。
カメハメハ家側からはカメハメハ大王の父・ケオウアの、カラカウア家からはカメエイアモクの、それぞれ2代前にいる女性王族(オレンジ色)。
この方で両家は血統的にも繋がっていることがわかりますね。
カラカウア家のご先祖・カメエイアモクとカマナワ(双子)はカメハメハ大王がハワイ諸島を統一する際に大王を助け、重要な役目を果たしました。
カラカウア家のご先祖の活躍もあってのハワイ王国建国だったのです。
しかしその後の出来事を見ていくと、時に両家の対立があったのではと思われる出来事もありました。
イオラニ宮殿の肖像画
ハワイ王国の人間関係の複雑さを物語る話をひとつご紹介しましょう。
この肖像画はイオラニ宮殿に飾られているものです。
イオラニ宮殿の建物中央にある階段ホールには、カメハメハ家の6人の王とそのお妃の肖像画が飾られています。
この肖像画の男性はカメハメハ大王。
では隣に飾られている大王のお妃はどなたかご存知ですか。
大王のお妃で有名なのはカアフマヌ王妃や、カメハメハ2世、3世の母であるケオプオラニ王妃ですね。
もう一度家系図を見てくださいね。
6代目の王・ルナリロの母親・ケカウルオヒさん。
大王のお隣の肖像画はこの方なのです。
この家系図には描かれていない線がたくさんあるとお伝えしていましたが、このケカウルオヒさん、大王と結婚していたことがありました。
その後カメハメハ2世と結婚。
最後はチャールズカナイナという方と結婚をしてルナリロ王が誕生しました。
なぜケカウルオヒさんがたくさんいらっしゃった大王のお妃(20人とも30人とも言われています)の中から選ばれてここに飾られているのか。
ある著名なハワイ歴史家の先生に質問したことがあるのですが、先生もはっきりした理由をご存じないとのことでした。
ケカウルオヒさんが高貴な方だからなのは間違いないのですが、ここにケカウルオヒさんの肖像画があるのは、他の方々の肖像画とのバランスを考えてのことかもしれません。
イオラニ宮殿のカメハメハ家の肖像画は皆さん洋装で、カアフマヌ王妃やケオプオラニ王妃の肖像画で洋装のものは存在しないのか少ないのか、私も見たことがありません。
ハワイの王族の人間関係の複雑さが垣間見えるこの肖像画。
ぜひイオラニ宮殿で実物をご覧くださいね。
ハワイに行ってあちこちで見ていた地名や施設に王族の名前が付いていたり、知っている王族が意外な繋がりを持っていたりと、ハワイの王族を知るとハワイがもっと楽しくなる、ハワイへの興味がもっと深くなると思います。
次回はカメハメハ家とカラカウア家の治世の間で王位に就いたルナリロ王の両家との繋がりをお話したいと思います。
私のブログ・旅ハワイでもハワイの歴史やハワイ王国の王族をご紹介しています。
見に来ていただけると、とても嬉しいです。
今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
Mahalo!
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