ダイヤモンドヘッドの麓に広がるカピオラニパークの歴史を学ぼう

ダイヤモンドヘッドの麓に広がるカピオラニパークの歴史を学ぼう

ワイキキに滞在したら一度は足を運んでみたいカピオラニパーク。

東京ドーム26個分の広さを持ち、いつ行っても気持ち良いカピオラニパークの歴史をまとめてみました。

かつては王族が所有する地

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現在カピオラニパークがある場所は、かつてはワイキキと同じように乾いた土地ではなく湿地帯で、タロイモ畑やフイッシュポンドがあるハワイ王族が所有する土地でした。

2度目の選挙でハワイ王国第7代国王になったカラカウアは、砂糖の関税をなくす代わりに真珠湾などのハワイの土地をアメリカが自由に使えるという「互恵条約」を締結するため、ワシントンに向かいました。

このとき立ち寄ったサンフランシスコやニューヨークなどで、カラカウアは「公園」というものの存在を初めて知ります。

感銘を受けたカラカウア王は公園を整備したが

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「きれいに整備された空間が町の真ん中にあり、人々がそこに集まって散策する。このような素晴らしいものがハワイにあってもよいのではないか」と、カラカアは初めて知った「公園」に感銘を受けます。

そしてハワイに戻ったカラカウアは、ハワイで初となる公園建設の準備を始めました。

最初に公園などを整備する莫大な資金を調達するために、ビーチ沿いの土地を借りて家を建築できる権利が得られる一口$50のファンド、合計200口が売り出されました。

当時は道路も整備されていなかったため、現在のカラカウアアベニューの前身となる「ワイキキロード」の整備計画も進められました。

こうして1877年に完成したのが、競馬場のトラックが併設されている初期の「カピオラニパーク」です。

王国崩壊が真の公園になるきっかけ

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ところが初期のカピオラニパークを実際に利用できるのは、裕福な人々ばかりでした。

また公園内では、ファンドによって公園の海側に家を建てた人々のペットとして世界中から輸入された鳥が飼育されていました。

公園の周辺に住む一般市民達からは「公園の周りには見えない壁があるようだ」といわれていましたが、ハワイ王国が終焉を迎えるとその様相が一気に変化します。

カピオラニパークは、運営がカピオラニパーク・アソシエーションからホノルルパーク・コミッションに移り競馬のトラックや観客席がすべて撤去されました。

競馬場だった場所はポロや野球の試合ができる広場へと整備され、ホノルル港からダイヤモンドヘッドまで通じる路面電車も開通し、路面電車の乗客を増やすために水族館も建設、後に動物園も建てられました。

こうしてカピオラニパークは一部のお金持ちしか利用できない場所から、どんな人でも利用できる憩いの公園へと姿を変えていったのです。

 

ダイヤモンドヘッドが見渡せるベンチや、立派な並木道など数多くのフォトジェニックスポットがあるカピオラニパーク。

その歴史を知れば、この広大な公園により親しみを感じることができるかもしれませんよ。

カピオラニパーク/Kapiolani Park アクセス+店舗情報

カピオラニパーク/Kapiolani Park

住所:
Kapiolani Park, Honolulu
営業時間:
常時開放
定休日:
無休

K@z
著者:K@z
LaniLaniでまとめ記事の執筆を担当しているフリーランス・ライターです。
毎年ハワイに渡るようになって、もう少しで10年目。
これまでの旅の経験や、まとめ記事では書けなかったこと。
ワークショップやカルチャーセンターで習ったウクレレやラウハラ編み、
ハワイアンキルトなどに関することも発信出来ればと考えています。
ハワイの画像のみをアップしているInstagramも更新中。

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