【徹底解説】禁止されていたフラはカラカウア王より前に復活していた!?
ハワイでフラを復活させた王といえばハワイ王国第7代国王であるカラカウアといわれています。
ところがそれ以前にハワイでフラは踊られていたそう。
そこで今回は、その歴史について探っていきたいと思います。
2つのフラフェスティバル
2021年6月にハワイ島ヒロで開催される予定のメリーモナーク・フラフェスティバル。
今年は無観客で開催されるこのフラコンペティション大会の名前は、フラなどのハワイ文化や言語を復活させたデビッド・カラカウアのニックネームからつけられました。
メリーモナークは1960年にヒロを襲った津波からの復興などの島興しイベントとして1964年からスタート。
当初はカラカウア王の戴冠式舞踏会を模した夜会や、カラカウア王の髭そっくりさんコンテストなどお祭りのような素朴なイベントでした。
ところがあまり経済効果が得られなかったため、1971年よりハワイ文化の象徴であるフラ競技が開催されるようになりました。
現在のハワイではいくつものフラフェスティバルが開催されていて、競技会として最大規模を誇るのがメリーモナーク・フラフェスティバル。
一方、競技ではないフラフェスティバルでハワイ最大規模を誇っているのが1978年にスタートした「プリンス・ロット・フラ・フェスティバル」です。
別荘で開催するルアウでフラを踊らせていた王
プリンス・ロット・フラ・フェスティバルはカメハメハ5世としてハワイを治めたロット・カプアイワ王子を称えるためにスタートしたもの。
現在はダウンタウンにあるイオラニ宮殿で開催されていますが、2016年までロット・カプアイワ王子とゆかりの深いモアナルアガーデンにて開催されていました。
「この木なんの木」で日本人にはなじみのある公園ですが、ここはロット王子の別荘だった建物もある場所です。
カメハメハ4世の時代フラは免許制で、踊る場所もホノルルとラハイナのみと決められ、違反者には高額な罰金か服役が課されていましたが、この規制を緩めたのもロット王子。
また、モアナルアの別荘で頻繁にルアウを開いてフラを踊らせ、妹ビクトリア・カマーマルの葬儀でもフラによる弔いを盛大に行うなど、フラの復活を後押ししています。
公の場でフラを踊らせたカラカウアが人々の記憶に強く残った?
このように史実をみていくと、踊ることが禁止されてフラを復活させたのはカメハメハ5世ロット・カプアイワ王子といえるでしょう。
しかし私的なルアウでフラを踊らせていたロット王子に対し、「野蛮でみだらなもの」として禁止されていたフラを1874年、正式に解禁したのがカラカウア。
さらに自らの戴冠式で2週間にわたって宴会を開き、ハワイの島々から呼び寄せたクムたちやその弟子たちにフラを踊らせています。
さらに伝統のカヒコ(古典)・フラとは異なる、優雅なアウアナ(現代)・フラが生まれたのもカラカウアの時代。
こうして比べてみるとフラを復活させた王としてカラカウアがハワイの人々の記憶に残っているのも納得できますね。
カヒコフラの力強さやアウアナ・フラの優雅な舞いをみていると、ハワイでフラが復活してよかったと思うのは僕だけではないでしょう。ハワイではフラを鑑賞できるルアウが様々な場所で開催されています。次のハワイ旅行ではルアウを計画に入れてすてきなフラを堪能してみませんか。
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