ハワイの歴史

ハワイの歴史

ハワイ王朝以前

  • 500~600年頃マルケサス諸島のポリネシア人がハワイに移住

ハワイ諸島は火山噴火の溶岩が堆積して形成された島々で132の島で構成されている。ハワイの主要な8島の内最も北側のカウアイ島が海上に姿を現したのが、今からおよそ500万から600万年前のことだ。その後、1年間に6㎝から9㎝の割合で移動するプレートによってマグマ溜まりから北西にずれることで、ニイハウ、オアフ、モロカイ、ラナイ、カホラヴェと続き、最も新しいハワイ島の誕生が50から60万年ほど前と言われている。

こうして出来たハワイ諸島に、マルケサス諸島の周辺からはじめて人々が渡ったのが西暦500年から600年頃と考えられているが、なぜ故郷の島を離れ遠く離れた島々へと航海したのか、その理由はわかっていない。西暦700年頃になるとダブル・カヌーによってハワイとタヒチの間で交流が行われ、現在のハワイ文化の基礎が創られたと考えられている。

ハワイ王朝時代

  • 1778年英国のキャプテン・ジェームス・クックがハワイ諸島に来航
  • 1795年カメハメハ一世がハワイ全土を統一し、建国宣言
  • 1845年首都がラハイナからホノルルに移る(カメハメハ三世)
  • 1885年日本人「官約移民(政府の斡旋した移民)」始まる

1778年のジェームス・クック来航をきっかけに白人がハワイに渡ってくるようになると、その戦術や武器を得たカメハメハ1世が1795年にハワイ諸島を統一した。1世の死去でリホリホが2世に即位。1820年に宣教師が布教に訪れ、野蛮でみだらとしてフラを禁止した。2世が英国で客死しカウイケアオウリが3世に即位すると首都をマウイ島ラハイナからホノルルへ遷都する。1854年1世の孫アレグサンダー・リホリホが4世に即位、妻エマとの間に長男アルバートを授かるが、4歳の若さで病死。4世の弟、ロットが5世に即位し新憲法を発布、このころから日本人移民が始まった。前国王の5世に妻子がいなかったため、議会選挙でルナリロが6代国王に即位するが1年後に死去、改めて選ばれたカラカウア7代国王は新憲法を改正、戴冠式でフラを復活させる。1881年にカラカウア王が訪日し、1885年より日本人の官約移民が始まるが、この頃から議会で白人の力が強くなっていった。

ハワイ共和国~米国領 現代まで

  • 1893年:平和的クーデターによりハワイ王朝転覆
  • 1894年:ハワイ共和国樹立
  • 1898年:アメリカ合衆国の属領となる
  • 1941年:日本による真珠湾攻撃
  • 1959年:米国50番目の州となる

カラカウアが米国で病死しリリウオカラニ8代女王が即位、新憲法発布を試みるが白人のクーデターにより女王は退位、これによってハワイ王朝は終わりを告げた。暫定政府がハワイ共和国樹立を宣言しアメリカに併合される。
この頃から観光地としての開発が始まり、モアナホテルが開業したのもこの頃だ。1921年からアラワイ運河の建造が始まり、その土砂でワイキキの湿地帯が埋め立てられた。またロイヤル・ハワイアンホテルも建設される。
ところが1941年に日本帝国軍が真珠湾を攻撃し、太平洋戦争が勃発。約5年後に終戦を迎えると軍需景気は後退するが、観光化がさらに進み大衆化していく。1959年合衆国50番目の州になり、この頃からジェット旅客機も就航するようになると、日本からの観光客が増え始めた。
1993年にハワイ王朝転覆100年の記念式典を行い、当時のクリントン大統領が米国のハワイ王国略奪を正式に謝罪した。